アジアのカタチ展

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現代インドのブランドデザイン・シーンをリードする女性パイオニアがそのデザイン事情を語る

デザインチャレンジ最前線

Sujata Keshavan Guha
スジャタ・ケシャバン・グハ
R+Kデザイン創立者・専務取締役

 インドという国でデザイナーを職業として暮らすことは、とりもなおさず、他に類をみないチャレンジに日々直面していくことである。なぜなら、インドは、複雑極まりない国であり、その国民は、石器時代と同時にシリコーン時代を生きているようなものだからである。例えば、野生の動植物を糧に社会から孤立し原始的に生きる人々がいる一方で、彼らの集落が散在する地域に、我々は原子力発電所を目撃するのである。インドは、大まかにはヒンズー教徒の社会と言えるが、それは、一億人を数えるイスラム教徒の総人口より多いというだけの話である。他に、キリスト教徒、シーク教徒、仏教徒、ジャイナ教徒もこの国の重要な構成員である。主な言語だけでも、14を数え、それぞれが固有の書体と文体の伝統を伝えている。

 「現代インドをどんな言葉でもって評しようと、その対極もまた真である」とは、よく指摘されることであるが、正に至言である。この国は、古色蒼然としているとも、モダンであるとも言えるし、ヒンズー教を色濃く反映しているとも言えるし、そうでないとも言える。人々は、進歩的でもあるし保守的とも言える。暴力的とも言えるし、非暴力的とも言える。あるいは、非常に高い精神性を誇る一方で、物質に貪欲でもある。インドは、高い科学技術力を誇る人的資源を世界で最も多く有する国でありながら、その成人人口の約5割は文盲である。

 私も含め、ブランド戦略やコミュニケーションデザインといった分野で働く人々は、この多様性と較差を早急に明確に認識しておく必要がある。例えば、同じ仕事でも、その対象となる客層には、南インドのタミール語しか話さない寒村の女性もいれば、ニューデリーのような大都会に住み、英語に堪能で世界各国を旅する教養あるインド人もいる。ターゲットとする客層の輪郭を心理学的見地から把握することは、デザイナーにとって重要なことである。多種多様な人々を1つにつなぐ価値観や願望とは一体どのようなものか。それらを把握し、コミュニケーションやデザインに反映させることは、我々デザイナーにとって、大胆かつスリリングなチャレンジに他ならない。

 最近、私は、こうした幅広い多様な客層を顧客に持つスキンケア製品のブランディングの仕事を請け負った。これらの製品を使う人の中には、字をすらすらと読めない人もいる。だから、デザインは、どんな人でも判読でき記憶することのできる記号性の高いものを用いる必要があった。色彩もまた、商品の個別性を高め差別化を図るために重要な役割を果たす。簡単に字が読めない人は当然、色や絵やロゴの形に頼ることになるからである。また、この国のユニークな小売り事情、つまり、人波でごった返すほの暗い小さな売店の店頭で、何千という他の商品とひしめき合いながら陳列されるであろう商品の運命も考慮に入れておかなくてはならなかった。その一方で、高級小売店、いわゆる「時代の先端をいく商取引」の舞台で、多国籍企業が流通させるスキンケア製品との販売競争に勝ち抜くためには、教養のある洗練された客層が求めるものをも視野に入れてデザインする必要があった。

 デザインを市場で成功させるには、われわれがターゲットとする人々のことを理解することが何より不可欠である。彼らがどんな生活を送り、何を考え、何を夢見、何に対して野心を抱き、どのような人生が意義あるものと考えるのか。私は、アメリカのエール大学でデザインを学んだ後に、1989年、インド初のブランドデザインの専門会社を立ち上げた。会社をはじめた当初は、エール大学で学んだことを足場に、「グッドデザイン」の何たるかを自分がはっきりと理解しているものと思い込んでいた。私の当時の仕事は、自分が教わったルールを当てはめていくことに夢中で、極めて杓子定規なものであった。しかし、年を経るうちに、この国特有の多層的で多様な実情に即した、生きたデザインとはどのようなものかを、再々検討していく必要があることに気づかされたのである。

 インドのビジネス環境は、過去十年間に、それまでにこの国が経験したことのない著しい変化の波にさらされてきた。イギリスから独立を勝ち取った1947年以降、経済政策は自立の方針を取った。企業は国内マーケットの活性化に力を注ぎ、外国からの直接投資は大幅に排除され、輸入は厳しく制限、輸出も抑制されてきた。しかしながら、1991年、これらの政策が破棄され経済の自由化と世界経済との融和が奨励されることになったのは、実にドラマチックな展開であった。インドは、世界にその門戸を開き、インドの企業は、彼らの商品や業務サービスを遠隔の地にある新たなマーケットに向けて発信しはじめたばかりである。

 このにわかに書き直されたシナリオの下で、いかなる文化的背景にも左右されない世界共通の新しいデザイン言語がインドに生まれはじめている。アメリカ合衆国やヨーロッパに顧客を持つインドのソフトウエア産業の販売カタログを見ると、それがどの国のデザイナーによってどこでデザインされたかを特定することは難しい。台頭する新たな経済の担い手であるインドのデザイナーたちは、世界に彼らのサービスを発信すべくその目を国外へと向けている。そして、彼らが獲得しようとしているマーケットは、従来のそれよりはるかに広く均質的なものである。そのような、広大かつ均質的な世界市場に向けてデザインを発信するということは、いろいろな意味において、インド一国のみをターゲットにデザインすることよりもいともたやすく見える。何と皮肉なことであろうか。

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▼講演要旨
「「インドはブランド」世界市場進出を図る処方箋」 -スジャタ・ケシャバン・グハ
「ライフエディトリアルの視点」- 横川正紀
「伝統技術から新製品を発想するフィリピンのモノ作り」-ケネス・コボンプエ
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