デザインは量産を前提とするものである。手工業が軸のフィリピンで、どのような道を歩むことができるのか。当初、東洋と西洋を融合させる道を模索するために、しばしの時を費やさねばならなかった。フィリンピン生まれのコボンプエ氏が、1987年からニューヨークでインダストリアルデザインを学んだ後ヨーロッパに渡り、94年、ドイツで家具の製造とマーケティングを勉強。その後も西洋圏にとどまるつもりが、父の死去にともない、96年フィリンピン・セブ島に帰郷し、母が72年に起業した家具のデザイン・製造会社「インテリア・クラフツ・オブ・アイランズ」の経営に携わることとなった。
東南アジアには欧米よりも多くの家具メーカーがあるが、彼らは製造のみで固有のデザインブランドを持たない。まず、コボンプエ氏が目指したのは、彼独自のデザインブランドの確立であった。ブランド名「YIN&YANG (陰陽)」は、コボンプエ氏がフィリピンに戻って初めてデザイン・製作したひじ掛け椅子である(写真上)。今も一番人気を誇る籐とスチールを用いたこの家具は、がっしりと角張った印象のダイナミックなフォルムだが、素材の土臭さと軽重やモノクロ的対比が相まって都会的なセンスを醸し出している。 次いで、いずれも圧倒的な存在感とデザイン性を感じさせる椅子、ソファ、ベッド、テーブル、キャビネット、パーティション等が、素材、デザインコンセプト、時に具体的で見事な製作工程の説明を交えて映像で紹介された。フィリピンに自生する籐、アバカ(※)、竹、ブリ(※)等といった植物とナイロン等の合成繊維やスチール、ガラス等を組み合わせ、独自のデザインと高度なテクニックを用いて、非常に完成度の高い作品に仕上げている。亜熱帯の風土、文化、伝統工芸が、人間工学に裏付けられた使い手に心地良い研鑽された設計とモダンなデザインの中に息づいている。
ブランド名が、個々の表情をみごとにつかんでいるのも魅力的である。前出の「YIN&YANG (陰陽)」然り、他にも、籐の皮で、座部の内側と外側それぞれに異なった編み方で組んだひじ掛け椅子「La Luna」は、文字通り、月のイメージを彷彿とさせる。2003年度のGマーク・アセアンセレクション選定品の1つで、ブリ、アバカとスチールを用いた、セブ島の夕暮れに美しいシルエットを映し漂う船を思わせるベッド「Voyage」は、安らかな眠りを航海になぞらえたもの。また、2004年度の同セレクション選定品の1つで、ワイヤで組んだ長方形のユニットを組み合わせ紙の繊維を吹きつけたパーティションの名称が「SEE-U SEE-ME」(写真上)、といった具合である。
コボンプエ氏は、これまでも国際的な家具フェア「ミラノサローネ」などに意欲的に出品し、世界中で多くのクライアントを獲得している。また、これらの場を通して、マレーシア、タイ、ベトナム等の同じような志を持ってモノづくりを行う同世代の仲間と知り合う機会を得ている。
氏が描くのは、 こうした仲間たちとともにアジア各地域のデザインをブレンドした「アセアン・デザイン/アセアン・アイデンティティ」の確立。
昨年の東南アジアサミットでは、フィリピン政府の要人に、スカンジナビアンデザインのように、一目でそれと分かる「アセアンデザイン」を創りたいと提言したとの報告もなされた。
※アバカはバナナ科に属す世界で一番強い植物繊維で、塩水にも耐性があり、お札や、ナイロンが開発されるまでは船のリギングにも利用されていた。ブリはフィリピンで最大のヤシの木で、ココナツの実に次いで大切な経済資源。家具素材に用いるのは葉の芯部。
▼講演要旨
「「インドはブランド」世界市場進出を図る処方箋」 -スジャタ・ケシャバン・グハ
「ライフエディトリアルの視点」- 横川正紀
「伝統技術から新製品を発想するフィリピンのモノ作り」-ケネス・コボンプエ
▼クロストーク
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