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2013.02.15 |
コンパクト・ピアノ
コンパクト・ピアノ/1938年
奏者がダンサーを見ながら演奏できるようトップドアを省略した特別仕様のピアノ
ミュージカルとは、ヨーロッパのコミックオペラやオペレッタを元にアメリカのジャズやポピュラー音楽を取り入れて生まれた音楽性の高い芝居をいう。昨今では日本の劇団での上演も増え人気も高まっているが、初めてミュージカルに触れたのは「映画」だったという人も多いのではなかろうか。1930年代の「ポギーとべス」「サニーサイドアップ」、40〜50年代の「オクラホマ」や「ウェストサイドストーリー」など、映画史に欠かすことのできない名作が数多く存在する。
ミュージカル映画がはじめてアカデミーを受賞したのは1929年の「ブロードウェイ・メロディ」である。トーキー映画が登場したのが1927年、そのわずか2年後のことであった。’27年の最初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」の成功は映画界に歌と踊りを中心とした作品の制作ラッシュを巻き起こし、派手なセットに華やかな歌、ダンスはヒット映画に欠かせない要素となっていった。これは大恐慌の中でより軽妙で明るい世界に憂さばらしを求めた観客の志向を示すものでもある。ミュージカル映画の人気はトーキーと不況から生まれたといっても過言ではない。
今回ご紹介するこのピアノは、かつて映画会社MGMでオーディション用に使われていたものである。ミュージカル映画には演技や美術はもちろん歌やダンスにもプロ並の高い水準が求めらたが、フレッド・アステアのように、歌手、ダンサー、俳優をかねるスターが登場すると、映画と音楽は共通のスターを通じて相互に宣伝しあい、相乗効果をあげるようになる。アステアは当時ダンスを呼び物にしたレコードを何枚も出しているが、ラジオ番組で流されるその曲は同時に映画やタップの効果的な宣伝ともなっていた。こうした効果はメディアの発展とともに大衆娯楽のスタイルを大きく変え、その水準を一気に押し上げるものだった。世界中で同時に高水準の音楽、映像、美術を盛り込んだエンターテイメントが配信される現代の「メガ・エンターテイメント」の原形がつくりあげられていったのである。