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現代イスラエルのデザイン


ニリス・ネルソン(「現代イスラエルのデザイン展」キュレーター)


 「これからのデザイン界は中東に目を向けるべきである。そこでは新しいデザインの萌芽がはじまっている」
 2000年の国際デザイン見本市「フィエラ・ミラノ」を特集したロンドンのデザイン誌「ウォールペーパー」は、このように書いた。ここ数年来、イスラエル人デザイナーの評価は世界的に高まってきている。

 イスラエルのデザイナーの直面するジレンマと、彼らの提案する独創的な対応とに、その背景から光を当ててみよう。モロッコ、ドイツ、イエメンや米国をはじめ世界の多様な地域出身の様々な民族を抱える、人口600万人という小国に、国民的スタイルを発展させるのは難題である。生活全般にわたってそれぞれが独自の伝統をもたらす一方で、1948年のイスラエル国家の建国にともない、人々は過去への執着を取り払い、すべてを新たにはじめるべく努めた。こうした状況は、すぐれたデザインや洗練された製品は国産ではなく、輸入品であるという先入観と相まって、顕著な自国の美意識の芽生えを阻んできた。

 伝統なしに0からはじめるということは、不利な面もあるが利点も同様にある。何もないところに何かを作りあげるという状況は、いわゆる伝統が強いる枠組から自由であり、これが、発明心、独自性、インスピレーションを普通とは異なったところから汲みあげる原動力の、強い動機づけともなっている。自然、国中がインプロヴィゼーションを賞賛するようになり、20年程前に、この創意豊かな土壌に「一点もの」のインディヴィジュアル・デザインが芽生えた。

 こうしたイスラエルのデザイン志向が国内外で広く認められるようになったのは近年のことで、ロン・アラッド、ダヴィッド・パルテレル、アリック・レヴィ、ツール・レシェフ、その他のグラフィック、ファッションなどの、外国に出て成功をおさめたデザイナーの功績に負うところが大きい。

 イスラエル国内の限られた市場で、インダストリアルデザインの製品を売ることは容易でなく、ある特定のデザイン上のコンセプトを発展させ、確立するに十分な設備やマテリアルへの投資はごく限られている。その結果、イスラエルのデザイナーのエネルギーは主に、アートの領域に接するデザインの未開の可能性を探る方向に向けられたため、彼らの作品は”唯一無二”の性格を持っている。

 しかし、不安定な政治状況、経済的圧迫、激しい国際競争などによるプレッシャーは、素早い対応を可能とするインプロヴィゼーションを必要とし、即席の仕上げを特徴とする変化の速いデザインのモードを生んだ。こうした環境は、イスラエルのデザイナーの作る「一点もの」の作品の大半にとって、速効性のあるインスピレーションの源となった。今回紹介されるヤコブ・カウフマン、ハナン・デ・ランゲ、タル・グール、ラヴィヴ・リフシッツ、アミ・ドラッハ、ドヴ・ガンシュロワらは、そうしたデザイナーの代表格である。彼らの作品には、国産のベーシックな素材が用いられており、また即興的で無防備な仕上げを特徴としている。

 イスラエルのデザインは、そのアイデンティティを定義する過程にあり、「一点もの」はそれを示すアヴァンギャルドと言えるかもしれない。ロン・ギラド、ハガイ・ハルドフ、アサフ・ワルシャフスキー&ナアマ・シェメシュ、シャロン・ペテル=シェフテル&ミハ・イェミニら、今回出展される他のデザイナーたちの作品には、この国の性格と世界のデザインシーンとの相互作用が見られる。その混淆は、美味なカクテルのように、陶酔させる強さとなめらかさとを、同時に備えているのである。

 
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